仕事をしていて、ふと、ハラが減った、と感じた。
しかし3時間前にダンナと一緒にパスタを食ったばかりである。
ダンナをチラ見すると、ダンナはハラが減った風なそぶりなど見せず、一心にプログラムを書いている。
私だけがハラが減ったのかもしれないし、ハラが減ったような気がするだけかもしれない。
そこでダンナの向かい側に座り直し、ダンナの顔をじっと見る。
チラと眼をあげて、ダンナが聞く。
「なに?」
「あのね~、なんかちょっと」
「食べたい?」
「あ、わかった? てことは**ちゃんもおなかすいた?」
「いや、そうでもない」
ダンナはモニタに目線を戻して、
「理枝の場合は『なんかちょっと』とくると、その後に『食べたい』が続くことが多いからな」
「てことは、私はやっぱりおなかがすいているんだ。でもそんなにいつでも『なんかちょっと』と『食べたい』はセットになっているかなあ」
「なってるよ。これは隠れマルコフモデルといってね」
「隠れマルコフモデル?」
「というのはね、」
と、ダンナはひとしきり難しい話をする。
私はハラが減っているので、難しい話など頭の中には入ってこない。そこでダンナの話を途中でさえぎり、
「そういう難しい話はおなかがいっぱいの時にしてほしい。おなかがすいている時は頭の中が<おなかがすいた>でいっぱいになって他のことは考えられない」
「『空腹力』という本によると満腹よりは少し空腹くらいのほうが頭が働くそうだよ」
「あたしは空腹力が弱いから、ちょっとでもおなかがすくともうダメなんです! それにしても、なんかちょっと、だけでおなかがすいたことがわかるのは、なんかちょっと悔しい。ほら、『なんかちょっと』の後に『食べたい』が来ないこともあるじゃないか」
「だから、理枝の場合は『なんかちょっと』とくると、その後に『食べたい』と続く確率が高いんだよ」
「そんなことわからないよ」
「じゃあグーグルで調べてみれば」
「そうだね、共起表現を調べてみよう」
そこで調べてみると、
なんかちょっと間違っている
なんかちょっといい感じ
なんかちょっとわかったような気がする
なんかちょっと違うような
なんかちょっと親バカ
なんかちょっとふわふわ
なんかちょっと画面がちらつくかな
なんかちょっとエロい
なんかちょっとトイレがにおうような
なんかちょっと不安になる
なんかちょっと寂しい
なんかちょっと怖い
なんかちょっと久しぶりなような
なんかちょっと不気味
なんかちょっと弱い
なんかちょっとムカつく
「あ~! なんかちょっと食べたい、が出てこない~!」
ダンナは「ほらね」という顔をして、
「中野理枝という条件を入れないと『なんかちょっと』の次に『食べたい』は出てこないんだよ」
その後、なんかちょっと食べるものを買うために、秋葉原まで歩いて行きました。